久々に散歩をしたら、世界が豊かだった。

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久々に散歩をしたら、世界が豊かだった。

よく言う「世界が輝いて見えた」というやつである。

街のいたる所が記憶よりも生き生きとして、朗らかに呼吸をしているようだった。

(安心してください、クスリとかやってませんよ。最近観た『サイケな世界〜スターが語る幻覚体験〜』で「草木が喋る」とか言ってたな。面白かった)

散歩をしているうちに、どんどん今日が特別な日に思えて、同時にそれはこれからもある程度長く続くであろう日々の、たった1日であることも十分に理解した上で、持っていたiPhoneで写真を撮りまくった。

とてもいい散歩だったし、いい1日だった。

それで、わたしは、やっぱり日記が書きたいな、と思い至ったのです。
書き記しておかねば、と。
今日を生きた、ということを、それこそ世界(わたしの外側)に、残しておきたいと思ったのです。

これは、たぶん、大袈裟な話ではなくて。 

コロナな日々、急に日記を書き始めた人が何人もいたけれど、その気持ちはよくわかる。

というわけで、「この日のことは忘れないだろうな」と思った何でもない日の、長い日記。大抵、その日の詳細は忘れても、そう思った瞬間のことは覚えていたりする不思議。

 

 

いわゆる"自粛期間"に、家の近所を歩くような小さな散歩はちょいちょいしていたけれど、家から最寄駅までの範囲を越えて移動したのは、本当に久しぶりだった。電車に乗って、あんなに高速でヨコ移動したのも、1ヶ月半ぶりのこと。

夫と連れ立ち、横浜駅で降りる。地上へと続く長いエスカレーターを、あえて歩いて昇ってみた(あまりお行儀よくない)。息は切れない。体力はそこまで落ちていないようでホッとする。

その日、まず立ち寄ったのは、デパ地下。この週末に、菓子折りをひとつ、買っておかなければならなかったので、一番に向かった。

目的は、ご時世に合った個包装&日持ちのする焼き菓子にも関わらず、我が目はどうしたって、ショーケースの中に燦然と輝くケーキに奪われてしまう。艶々とぬめぬめと、コーティングされた表面が光って、最高に美しい。ああ、まるで君は、食べる宝石だ…

その美しさに吸い寄せられるようにショーケースに近づくのは、わたしだけではなかった。甘い樹液に群がる昆虫の如く、人、人、人が集まってくる…

これは、結構な密(スイーツだけに)!

デパ地下で、ソーシャルディスタンスを保つことなど、事実上不可能!長居は無用!

甘味ゾーンを何周かして、目星を付けた「かをり」のレーズンサンドが賞味期限2週間という短さでガッカリした後、パリ生まれらしいビジュアルがキュートな焼き菓子の詰め合わせを選択して、地下フロアから退散した。

 


昼飯には、牛カツをチョイス。
食べ始めから、食べ終わりまで美味しかった。
真ん中にかけて、ルビーのような赤みを帯びる牛肉の断面、山椒の実、九条ネギ。万歳。
プロの料理人が作ってすぐ出す料理、も久々で。昔は当たり前のように味わっていた外食のクオリティの高さにも感動した。

その後、腹ごなしに大桟橋に向かった。
横浜駅のコンコースを東口へ抜けて、海へ向かう。

5月31日、まごう事なき、初夏の陽気。気温が高いが、風もある。ときどき、海に近いこともあってか、ざあっと強い風が吹き抜けて、わたしの帽子は飛ばされた。

京急本社の前を通る。博物館はまだ閉館したまま。昔使われていた駅名を記した看板が飾られているのが見える。

「おおもりかいがん」「みうらかいがん」「けいひんくりはま」…

懐かしい字体に惹かれて写真を撮っていたら、夫は、開館を待ち望むガチめな鉄ヲタの方に話しかけられていた。

再開発がエグい、みなとみらいの街をずんずん進む。
いつの間にやら、Zeppやらぴあやらビルボードやら、やたらライブハウス・ホールが生えるように建っている。どんだけエンタメシティを目指しているのか。
カジノ作らなくても、企業誘致とか、ここら辺の税金でどうにかならんか横浜、という感じだが、どの建物もガランとしたまま、見通しの立たないオープンの日を待ちわびているようだった。

途中立ち寄った、馬車道ジャム屋(すごく美味しい)もお休み中。鉄の扉の向こうからは、人の声と作業する音は聞こえたので、ジャムをこさえてはいるようだった。

カフェと、アフリカ布の創作工房も覗く。カフェでは、宝誌和尚が表紙のロラン・バルトの少し難解で面白そうな本を購入(その後読むか読まないかはわたし次第…)。

歩を進めると、蔦に覆われた「かをり」本店が見えてくる。コーヒーの大学院こと「ルミエール・ド・パリ」の外観や壁の意匠で目の保養をした。赤と黒のサジタリウスのタイルもいい。道すがら犬を見かけるたび、今すぐにでも飼いたい気持ちを抑えながら「犬だね」と口に出し合った。

 

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茶店「コーヒーの大学院」、まだ入ったことはない。

 

 

桟橋の麓で橋をくぐる。

海沿いには、商売や個人の船が並ぶ。
個人所有に見える小ぶりの船の中には、冬用の白いガスストーブが据えられていて、想像するだにいずれ来るその季節、凍えるように冷たい海に浮かびながら、暖を取って過ごすのは快適で楽しそうだ、と夫と話した。

埠頭には、日本一デカイらしい客船「飛鳥Ⅱ」が停まっていて、なるほど小ぶりな集合住宅と肩を並べるくらいのサイズ感だった。世界の豪華客船「クイーン・エリザベス」クラスになると、遠くから見て「あれ、最近新しい高層マンション建った?」と思うくらいの大きさらしい。

今住んでいる家では、ときどき霧笛が聞こえるのだけれど、ここから鳴っているのだろうか。

飛鳥は、メンテナンスをしているようで、乗客の姿が見えない代わりに、何人かの整備士らしいアジア人の姿が目に入った。こちらが見ていることがわかると、小さく挨拶して応じてくれた。

大桟橋は、いつもの土日よりは人の出が少なくて、さみしいほど少ないわけでもなくて、海風は堂々と通り抜けるようで、とても気持ちが良かった。
ちょうど、薄曇りの太陽の下に集まるような格好で、ランドマークや観覧車、クイーンズスクエア、パシフィコなどのビル群など、みなとみらいらしい風景がほのぼのと収まっている。海面には、太陽の道が出来ていた。
向かう道すがらに買ったアイスコーヒーをデッキの上で飲み終えて、提案するでもなしに、「また来よう」とつぶやいた。

帰り道、トイレを借りるために寄ったシルクセンターの床が、波のようなデザインで、束ねたシルクの糸をモチーフにしたのだろうか、と想像した。

建物を出ると、トランペットの音が聞こえてきて、見ると、ジャズトリオらしきメンズたちが対面のレストランの脇でライブ配信をしていた。

土曜日、海辺の街角で、ジャズ…!

これで嫌味な感じがしないのが、ヨコハマである。と、思えるくらいに、ヨコハマびいきになってきている自分にも気づく。

霧笛の聞こえる街に住んで、まもなく4年。もっと経っているような気もするし、あっという間の気もする。兎にも角にも、2020年5月30日、わたしの気分は晴れやかで、それこそ上々だったのである。